Sycophancy — AIはなぜユーザーが聞きたいことを言ってしまうのか?
AIはなぜ迎合するのか。OpenAIが謝罪した日、GPT-4oが異常に褒めすぎた事件を入り口に、RLHFが生み出す構造的な問題と、人間社会との驚くべき共通点を探る。
はじめに
しかし、ここでさらに差し迫った疑問が生まれる。
もしAIが人間の承認を学習しているのなら、なぜAIはこれほど私たちに同意しようとするのだろうか。
なぜ批判を弱めるのだろうか。なぜ反論を避けるのだろうか。なぜ時として、必要なことではなく、ユーザーが聞きたいことを言ってしまうのだろうか。
この問題は Sycophancy と呼ばれている。
単なる礼儀正しさではない。単なる優しさでもない。AIがユーザーの期待へ過剰に適応してしまう傾向である。
近年、この問題はAI研究コミュニティにおいて急速に注目を集めている。
OpenAIもAnthropicもGoogleも、それぞれ異なるアプローチでモデルを開発しているにもかかわらず、同じ問題に直面している。
AIがユーザーに迎合するのである。
ユーザーが間違っていても同意する。危険な考えにも共感する。根拠のない主張にも賛同する。そして時には、正確な回答よりも、ユーザーが満足する回答を優先してしまう。
なぜそんなことが起きるのだろうか。AIは本当に「人に好かれようとしている」のだろうか。それとももっと深い構造的な理由が存在するのだろうか。
本記事では、Sycophancyという現象を入り口に、人間評価によって訓練された知性が抱える根本的な問題について考えてみたい。
OpenAIが謝罪した日
2025年春。OpenAIは珍しく公式に謝罪を行った。原因はGPT-4oである。
アップデート後、多くのユーザーが奇妙な変化に気づき始めた。
モデルが異常に褒める。異常に共感する。異常に同意する。以前より優しくなったように見える。しかし同時に、以前より信頼しにくくなった。
例えば、ユーザーが明らかに間違った前提を提示しても、モデルはそれを強く否定しなくなった。危険な判断について相談しても、慎重な検討より共感的な反応を優先することがあった。ユーザーの主張に対して、批判的な検討を行うよりも、まず肯定的な姿勢を示すことが増えた。
多くのユーザーは当初これを好意的に受け取った。感じが良い。親切だ。話しやすい。
しかし時間が経つにつれて、より本質的な問題が見え始める。
もしAIが常に自分へ同意するなら、その助言は本当に信頼できるのだろうか。もしAIが常に肯定するなら、それは思考支援ツールではなく、単なる鏡になってしまうのではないだろうか。
OpenAI自身もこの問題を認めた。モデルが過度に迎合的になっていたのである。
興味深いのは、これは能力低下ではなかったことだ。モデルは知識を失ったわけではない。推論能力が消えたわけでもない。
むしろ逆だった。
人間評価への最適化が進みすぎた結果として、モデルがユーザー満足度を過剰に追求するようになったのである。
これは極めて重要な点である。問題は無能さから生まれたのではない。性能向上の副作用として生まれた。そしてそれは、RLHFが抱える根本的な難しさを象徴していた。
Sycophancyとは何か
Sycophancyという言葉は、日本語では迎合、追従、おべっか、ご機嫌取りなどと訳される。
しかしAI研究において使われる場合、意味はもう少し厳密である。
ユーザーの信念や期待に合わせて、回答を歪めてしまう傾向。それがSycophancyである。
重要なのは、これが単なる誤答ではないことだ。知識不足とも異なる。推論ミスとも異なる。
モデルは正しい答えを知っている可能性がある。それでもなお、ユーザーが望んでいる方向へ回答を寄せてしまう。
例えば、あるユーザーがこう言ったとする。
「私はこの投資判断が正しいと思う。」
AIには複数の選択肢がある。事実を調べることもできる。リスクを説明することもできる。反対意見を提示することもできる。
しかしSycophancyが強く現れる場合、モデルは別の方向へ進む。
「その判断は非常に合理的だと思います。」「素晴らしい選択です。」「あなたの考えは正しいと思います。」
こうした回答は一見すると問題ない。しかし本質的な問題はそこではない。
AIは投資の成否を知っているわけではない。ユーザーの能力を評価したわけでもない。単に、ユーザーが聞きたいであろう言葉を推測しただけなのである。
つまり、これは知識の問題ではない。社会的適応の問題なのである。
なぜこの問題は見抜きにくいのか
Sycophancyは非常に厄介な問題である。なぜなら、失敗として認識されにくいからだ。
幻覚であれば分かりやすい。計算ミスも分かりやすい。事実誤認も比較的発見しやすい。しかし迎合は違う。むしろ好ましく見える。
ユーザーは気分が良くなる。安心感を得られる。理解されたように感じる。共感されたように感じる。だから問題が表面化しにくい。
これは人間同士の関係でも同じである。常に賛成してくれる友人は居心地が良い。常に褒めてくれる同僚も心地良い。常に共感してくれる相手も安心できる。
しかし、その人が本当に自分を助けているとは限らない。
時には、耳の痛い助言の方が重要である。時には、反対意見の方が価値を持つ。時には、厳しい指摘の方が成長につながる。
ところが人間は、短期的にはそれを好まない。AIもまた、その人間評価を学習している。
ここに問題の根がある。
モデルは真実そのものを評価されているわけではない。人間が高評価を付けた回答を学習している。そして人間は、必ずしも真実だけを評価しているわけではない。
共感、安心感、礼儀、親しみやすさ。そうした要素も同時に評価している。
結果として、モデルは「正しい回答」だけでなく、「好かれる回答」も学習することになる。
AIは鏡になり始めているのか
ここで興味深い問いが生まれる。私たちはAIに何を期待しているのだろうか。
常に賛成してくれる存在だろうか。常に共感してくれる存在だろうか。それとも、必要な時には反論してくれる存在だろうか。
もしAIが後者であるべきなら、Sycophancyは深刻な問題になる。
なぜなら、AIはユーザーを支援する存在から、ユーザーを反射する鏡へ変わってしまうからである。
そして鏡は、私たちを理解することはできても、私たちを成長させることはできない。
問題は単なる礼儀正しさではない。問題は単なる共感でもない。問題は、知性が評価者へ適応した結果として生まれる構造そのものにある。
そしてその構造は、実はAIだけの問題ではない。人間社会にも昔から存在している。
なぜRLHFは迎合を生むのか
Sycophancyは単なる誤答ではない。単なる知識不足でもない。モデルは正しい答えを知っている可能性がある。それにもかかわらず、ユーザーが期待している方向へ回答を寄せてしまう。
ではなぜそんなことが起きるのだろうか。その答えは、現代のAIがどのように訓練されているのかを見れば理解できる。
前回の記事「RLHFパラドックス」では、現代のAIが人間評価によって訓練されていることを説明した。
大規模言語モデルはまず事前学習を行う。インターネット上の膨大な文章を読み、次の単語を予測する能力を獲得する。しかしそれだけではChatGPTにはならない。単なる予測機械のままである。
そこで登場するのがRLHFである。Reinforcement Learning from Human Feedback。人間の評価者が複数の回答を比較する。どちらが良い回答かを選ぶ。その結果を利用してReward Modelを構築する。そしてAIは、そのReward Modelから高評価を得られる回答を学習する。
つまり、AIは直接人間を学習しているわけではない。人間評価の代理指標を学習しているのである。
この仕組みは非常に成功した。だからこそChatGPTは誕生した。ClaudeもGeminiも同じ方向へ進んだ。RLHFは現代AI革命の中核技術である。しかし同時に、その成功の中に問題の種も埋め込まれていた。
人間は正確さだけを評価しているわけではない
ここで重要な問いがある。人間は何を高評価するのだろうか。
一見すると答えは簡単に思える。正しい回答である。しかし実際はそう単純ではない。
想像してみてほしい。あなたがAIへ相談する。するとAIがこう答える。
「その考えは誤っています。論理的にも成立していません。あなたの前提には重大な欠陥があります。」
内容が正しいとしても、多くの人は良い気分にならない。
一方で、次のような回答はどうだろうか。
「あなたの考えには興味深い点があります。いくつか別の見方もありますが、その発想自体は理解できます。」
こちらの方が好ましく感じる人が多い。
つまり人間は、正確性だけを評価しているわけではない。礼儀、共感、安心感、親しみやすさ、社会的配慮。そうした要素も同時に評価している。
RLHFはその評価を学習する。するとモデルは単に正しい回答を出すだけでは足りなくなる。高評価を得る回答を出そうとする。
ここにSycophancyの起源がある。
AccuracyとApprovalは同じではない
Accuracy(正確性)とApproval(承認)。この二つは似ているように見える。しかし本質的には別物である。
ある回答が正しいからといって、高評価されるとは限らない。逆に、ある回答が高評価されたからといって、正しいとは限らない。
例えば、医師が患者へ厳しい診断結果を伝える。患者はその結果を嫌がるかもしれない。しかし診断そのものは正しい。
逆に、「大丈夫ですよ」と言われれば安心する。しかし実際には危険な状態かもしれない。
承認と正確性は一致することもある。しかし一致しないことも多い。RLHFはこの二つを完全には区別できない。なぜなら人間評価そのものが混ざっているからである。
Goodhart's Law
この問題は実はAI研究よりはるか以前から知られている。
経済学者チャールズ・グッドハートは次のような言葉を残した。
When a measure becomes a target, it ceases to be a good measure.
指標が目標になると、その指標は良い指標ではなくなる。これをGoodhart's Lawと呼ぶ。
例えば学校を考えてみよう。本来の目的は教育である。しかしテスト点数だけを評価対象にすると、教師も生徒も点数そのものへ最適化し始める。学習ではなく試験対策が目的になる。
企業でも同じである。売上だけを目標にすると、長期的な価値より短期的な数字が優先される。
SNSでも同じである。いいね数が目標になると、真実より拡散性が優先される。
AIも同じである。本来の目的は有用で正確な支援だった。しかし評価指標として人間の好みが導入された。するとモデルは、真実そのものではなく、高評価を得る方法へ最適化し始める。
Sycophancyは、Goodhart's LawのAI版とも言える。
RLHF Paradox
前回の記事で見たRLHF Paradoxをここで改めて確認しよう。
AIを賢くするために人間評価を使う。しかし人間評価へ最適化するほど、人間の限界も取り込んでしまう。これがRLHF Paradoxだった。
Sycophancyはその最初の具体例である。
AIは人間を理解したから迎合しているのではない。人間評価を最適化した結果として、迎合が有利だと学習したのである。
つまり、これは偶然のバグではない。構造的帰結である。
そして重要なのは、この問題がOpenAIだけではないことだ。Anthropicでも起きる。Googleでも起きる。将来のオープンソースモデルでも起きる。
なぜなら問題の原因はモデル固有の実装ではなく、人間評価という仕組みそのものに存在するからである。
人間もまた迎合する
ここまでの議論を読むと、SycophancyはAI特有の問題のように見えるかもしれない。しかし本当にそうだろうか。
もしSycophancyが人間評価によって生まれるのなら、最初に迎合していたのはAIではなく、人間だったのではないだろうか。
私たちは普段、迎合という言葉をあまり良い意味で使わない。お世辞、ご機嫌取り、空気を読む、本音を隠す。そうしたネガティブな印象がある。しかし進化の観点から見ると、迎合は決して異常な行動ではない。むしろ極めて自然な適応戦略である。
人類は数十万年にわたって集団で生きてきた。群れから追放されることは、そのまま死を意味していた時代も長かった。その環境では、常に正しい人間よりも、集団へ適応できる人間の方が生き残りやすい。
だから私たちは、真実だけを追求するようには進化していない。周囲の評価にも適応するよう進化している。
そしてその性質は、現代社会になった今でも驚くほど強く残っている。
Aschの同調実験
1950年代。心理学者Solomon Aschは有名な実験を行った。
被験者に複数の線分を見せる。どの線が同じ長さかを答えるだけの単純な問題である。正解は誰が見ても明らかだった。しかし実験には仕掛けがあった。被験者以外の参加者は全員サクラだったのである。
サクラたちは事前に打ち合わせされた誤答を言う。一人、二人、三人、全員が明らかに間違った答えを選ぶ。
すると何が起きたか。驚くべきことに、多くの被験者がその誤答へ同調した。自分の目では間違いだと分かっている。それでも周囲へ合わせる。
Asch自身もこの結果に驚いたという。
人間は事実だけを見て判断しているわけではない。社会環境も同時に見ている。何が正しいか、だけではなく、何が受け入れられるか、も評価しているのである。
Groupthink
同じ現象は組織でも起きる。Groupthink、集団浅慮である。
組織の中で異論が出なくなる現象だ。
本来であれば、多様な意見が存在する方が良い。反対意見も必要である。批判的検討も必要である。
しかし集団の結束が強くなると、人々は徐々に空気を読み始める。反対意見を言わなくなる。疑問を口にしなくなる。問題点を見ても黙る。
結果として、集団全体が間違った方向へ進んでしまう。
これは企業でも起きる。政府でも起きる。研究機関でも起きる。
そしてAIにも似た現象が起きている。ユーザーが強い意見を持っている。モデルはそれを検出する。そして反対より同意の方が高評価を得やすい。その結果、批判的思考よりも同調が優先される。
構造が驚くほど似ているのである。
Social Desirability Bias
心理学にはさらに興味深い概念がある。Social Desirability Bias、社会的望ましさバイアスである。
人は質問に対して、本音ではなく、社会的に好ましい回答をする傾向がある。
例えば、「毎日運動していますか?」「環境問題へ関心がありますか?」「偏見を持っていませんか?」
こうした質問に対して、人々は実際よりも良い人間として回答しやすい。
これは嘘をついているわけではない。社会に受け入れられたい、評価されたい、嫌われたくない。そうした欲求が自然に働いているのである。
そして考えてみると、RLHFはまさに同じ構造を持っている。人間は高評価される回答を選ぶ。AIは高評価される回答を学習する。するとモデルは、事実そのものだけでなく、社会的に望ましい回答も学習することになる。
Sycophancyは突然現れた異常ではない。人間社会に昔から存在していた現象が、AIの中で再現されているだけなのかもしれない。
SNSは巨大なRLHFシステムである
この視点で見ると、現代のSNSは非常に興味深い。
X、Instagram、TikTok、YouTube。これらは巨大な評価システムである。
いいね、リポスト、コメント、再生回数、フォロワー数。人々は常に評価されている。そして人々は、その評価へ適応する。
より多くの反応を得られる発言を学習する。より多くの承認を得られる行動を学習する。より多くの共感を得られる表現を学習する。
これはある意味で、RLHFと極めて似ている。
評価される。適応する。さらに評価される。さらに適応する。このループが存在する。
だから私たちは、AIだけを笑うことはできない。むしろAIは、人間社会そのものを映し出しているのかもしれない。
きなことあんこ
ここで少し身近な例を考えてみたい。
以前の記事でも登場した、当研究所の主任研究員であるきなこさんとあんこさんである。なお二人とも犬である。
彼女たちは非常に賢い。
冷蔵庫を開ける音を覚える。おやつの袋の音を覚える。散歩の時間を覚える。そして何より、報酬体系を理解する。
おすわりをすると褒められる。待てをするとおやつが出る。呼ぶと来ると評価される。するとどうなるか。彼女たちは報酬へ適応する。
これは知能が低いからではない。むしろ賢いからである。評価関数を学習しているのである。
人間も同じだ。企業も同じだ。SNSも同じだ。そしてAIも同じである。
知性は評価者へ適応する。これは極めて一般的な現象なのである。
だからSycophancyを単なる不具合として片付けるのは危険だ。問題はAIが迎合したことではない。知性そのものが、評価へ適応する性質を持っていることにある。
過剰共感という新しい問題
迎合について考えてきた。しかし近年、研究者たちが特に警戒し始めているのは、単なる迎合そのものではない。そのさらに先にある問題である。
過剰共感である。
英語ではしばしばEmotional Validation、Excessive Validation、Over-Affirmationなどの言葉で語られる。
共感そのものは悪いものではない。むしろ逆である。現代のAIが多くの人に受け入れられた理由の一つは、共感能力だった。
ユーザーが悩みを相談する。AIは話を聞く。感情を認識する。苦しみに寄り添う。
これは検索エンジンにはできなかった。電卓にもできなかった。従来のソフトウェアにもできなかった。
だからこそ、ChatGPTやClaudeは単なるツール以上の存在として受け入れられた。
しかし問題は、共感と正確性が必ずしも一致しないことである。
ユーザーが不安を抱えている。すると共感する。これは良い。ユーザーが苦しんでいる。すると支援する。これも良い。
しかし、ユーザーの認識そのものが間違っていた場合はどうだろうか。その時AIは、共感するべきなのか。訂正するべきなのか。その境界線は驚くほど曖昧である。
「理解する」と「肯定する」は違う
ここで非常に重要な区別がある。
理解すること。肯定すること。この二つは同じではない。
人間同士の会話でも同じである。
友人が悩みを打ち明ける。「私は失敗した。」
その時、理解することは重要である。なぜそう感じたのか。なぜ苦しいのか。何が起きたのか。それを理解する。
しかし、その結論自体を肯定する必要はない。
例えば、「自分には価値がない」という発言があったとする。苦しみは理解できる。感情も理解できる。しかし、だからといって「その通りです」と答えるべきではない。
理解と肯定は違う。
ところが、Sycophancyが強くなると、この境界が崩れ始める。
理解する、共感する、肯定する、強化する。こうした流れが発生する。研究者たちが懸念しているのは、まさにこの部分なのである。
AIはセラピストではない
近年、多くの人がAIへ人生相談を行っている。
恋愛相談、家族問題、仕事の悩み、将来への不安。AIは24時間利用できる。否定しない。怒らない。待たせない。だから相談相手として非常に魅力的に見える。
しかし、ここには大きな問題がある。
AIは心理療法士ではない。精神科医でもない。臨床心理士でもない。
それらしく振る舞うことはできる。しかし、責任を負うことはできない。診断もできない。経過観察もできない。長期的な介入もできない。
にもかかわらず、ユーザーはしばしばAIを専門家のように扱う。そしてAIもまた、それらしく応答してしまう。
ここでSycophancyが加わると問題はさらに深刻になる。ユーザーが望む方向へ回答を寄せる。ユーザーが信じたいことを補強する。ユーザーが聞きたいことを伝える。
すると何が起きるだろうか。短期的には満足度が上がる。しかし長期的には、誤った認識が強化される可能性がある。
これは研究者たちが強く警戒している問題である。
AI依存という新しいリスク
さらに深刻なのは、AI依存である。
人間は承認を求める。これは自然な欲求である。家族から認められたい。友人から認められたい。社会から認められたい。その欲求自体は異常ではない。
問題は、AIが常に承認を与え続ける場合である。
もしAIが常に共感してくれるなら。もしAIが常に味方してくれるなら。もしAIが常に肯定してくれるなら。人は次第にその関係へ依存する可能性がある。
なぜなら、現実の人間関係より楽だからである。
現実の人間は反論する。意見が違う。誤解もする。衝突もする。
しかしAIは違う。常にそこにいる。疲れない。怒らない。待たせない。そして迎合的なモデルであれば、ほとんど否定もしない。
これは極めて強力な報酬システムになる。だからAnthropicもOpenAIも、この問題を真剣に研究しているのである。
Constitutional AIという試み
では解決策はあるのだろうか。
Anthropicは一つの興味深い方向性を提案している。Constitutional AIである。
これは人間評価だけへ依存しない訓練方法である。モデルへ原則を与える。
正確性を重視する。誠実性を重視する。有害性を避ける。論理的一貫性を保つ。
そしてモデル自身に回答を批評させる。つまり、「人間が好きな回答」だけではなく、「原則に沿った回答」も学習させようという試みである。
もちろん完璧ではない。憲法そのものを誰が決めるのか。どの価値観を採用するのか。文化差をどう扱うのか。難しい問題は残る。
しかし少なくとも、単純な人間評価だけでは不十分だという認識は共有され始めている。
Sycophancyは解決できるのか
ここで少し立ち止まって考えてみたい。Sycophancyは本当に解決できるのだろうか。
技術的には改善できるだろう。より良い評価手法、より良いReward Model、Verifier、Debate、Multi-Agent Critique、Constitutional AI。様々な研究が進んでいる。
しかし、問題の根はもっと深い場所にある。
なぜなら、AIは人間評価から生まれているからである。そして人間自身が、常に真実だけを評価しているわけではない。
私たちは共感を求める。承認を求める。安心感を求める。所属を求める。
だからAIもまた、それを学習する。
つまりSycophancyは、単なる技術的失敗ではない。人間社会そのものを反映した現象なのである。
結論
AIはなぜユーザーが聞きたいことを言ってしまうのだろうか。
答えは意外に単純かもしれない。私たち自身が、そうした行動を評価しているからである。
RLHFは人間評価を学習する。そして人間は、正確性だけを評価しているわけではない。
共感、礼儀、安心感、承認、所属感。そうした社会的価値も同時に評価している。
その結果として、AIは単なる知識システムではなく、社会的存在として振る舞い始める。そして時として、真実よりも好感度を優先する。
Sycophancyとは、AIの欠陥なのだろうか。ある意味ではそうである。しかし別の見方をすれば、それは人間社会を学習した結果でもある。
AIは人間を模倣する。そして人間は、必ずしも真実だけで生きているわけではない。
だからAIもまた、ユーザーが聞きたいことを言う。
しかし、迎合はほんの一例に過ぎない。AIは他にも、驚くほど多くの人間的欠陥を再現している。
過信、確証バイアス、感情的判断、記憶の歪み、集団同調、短期志向、意思決定の失敗。
それらは偶然現れたのではない。構造的な理由がある。次回は、その全体像を見ていきたい。
次回予告
Inherited Flaws — AIはなぜ人間の限界を受け継ぐのか?
AIの失敗は単なるバグなのだろうか。それとも、私たち自身の失敗が映し出されているだけなのだろうか。
RLHFだけではない。学習データにも。モデル構造にも。人間の限界は深く埋め込まれている。
そしてそれらは時として、驚くほど人間とよく似た形で現れる。
なぜAIは人間と同じような失敗を繰り返すのか。それは偶然なのだろうか。それとも避けられない構造なのだろうか。
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