AutoGen — なぜAIは会話を始めたのか?
2023年、Microsoft ResearchはAutoGenを発表した。AI同士を会話させるという発想は、単なる技術的改良ではなかった。知能そのものに対する見方を変え、単独知能から集団知能へのパラダイムシフトを生み出した。
はじめに
2022年末、ChatGPTは世界中に衝撃を与えた。
それまでAIは研究者や技術者のための技術だった。
もちろん一般向けのAIサービスが存在しなかったわけではない。
Siri。Alexa。Google Assistant。翻訳サービス。検索エンジン。推薦システム。
私たちはすでに多くのAIと共に暮らしていた。
しかしChatGPTは何かが違った。
人々は初めて、AIと長時間会話した。質問を投げかける。説明を求める。議論をする。アイデアを整理する。文章を書かせる。コードを書かせる。
そして多くの人が同じ感覚を抱いた。「これは単なるソフトウェアではない」
もちろん実際にはソフトウェアである。しかし人々が感じたのは知的協力者に近いものだった。ChatGPTは考えているように見えた。理解しているように見えた。相談相手になれるように見えた。
その結果、多くの人がある発想にたどり着く。
もしこれほど優秀なAIが一人いるなら。二人いたらどうなるのだろう。三人なら?十人なら?
専門家役のAI同士が議論したらどうなるのだろう。レビュー担当のAIがいたらどうだろう。計画担当のAIがいたらどうだろう。
そして実は、この問いはChatGPTの登場以前から研究者たちの頭の中に存在していた。なぜなら人間社会を見れば答えは明らかだからである。
私たちは単独で文明を築いたわけではない。協力した。議論した。役割分担した。そして、互いの欠点を補い合った。その結果として現代社会が存在している。
ならばAIもまた協力できるのではないか。そして協力できるなら、単独のAIよりも強力になれるのではないか。
この問いから生まれたのがマルチエージェント研究である。
その中でも特に大きな転換点となったのが、2023年にMicrosoft Researchが発表したAutoGenだった。
現在ではCrewAI、LangGraph、OpenAI Agents、Claude Code、Devin、Manus、様々なAgentシステムが存在している。しかし、その多くはAutoGenが提示した一つの重要な考え方の上に成り立っている。
それは、「AI同士を会話させる」 という発想だった。
本記事ではAutoGenの登場に至る背景を振り返りながら、なぜAIが会話を始めたのか。なぜマルチエージェントという考え方が生まれたのか。そしてなぜ現在のAgent革命へつながったのかを見ていく。
Agent革命の始まり
AutoGenを理解するためには、その前に起きていたAgent革命を理解する必要がある。
2023年はAgent元年とも呼べる年だった。
ChatGPTが登場した直後、多くの研究者が同じ問題意識を持った。
LLMは賢い。しかし行動できない。質問には答えられる。しかし目的を達成できない。知識は持っている。しかし自律的に仕事を進めることはできない。
そこで生まれたのがAgent研究である。
最初の大きな転換点の一つがReActだった。ReActはReasoningとActingを統合した。それまでのLLMは考えるだけだった。しかしReActは検索し、観察し、再び考えることができた。AIは初めて外部世界と相互作用し始めたのである。
次に登場したのがReflexionだった。Reflexionは失敗から学ぶ仕組みを導入した。強化学習ではない。勾配更新でもない。自然言語による反省である。AIは自らの失敗を振り返り、次回の行動を改善するようになった。
さらにVoyagerが登場する。VoyagerはMinecraftの世界で継続的に成長するAgentだった。スキルを蓄積し、経験を記録し、以前よりも複雑な課題へ挑戦できるようになった。
そしてBabyAGI。BabyAGIは目標からタスクを生成し、優先順位を付け、実行し、新たなタスクを生み出す仕組みを示した。今日のタスク管理型Agentの原型である。
これらの研究はすべて重要だった。しかし興味深いことに、共通する特徴があった。
Agentは常に一人だったのである。
単独Agentの限界
人間社会において、一人で全てをこなすことは難しい。ソフトウェア開発を例に考えてみよう。
顧客と話す。要件を整理する。設計する。実装する。テストする。品質保証を行う。ドキュメントを書く。運用する。
理論上、一人でも可能である。しかし規模が大きくなるほど難しくなる。
だから企業はチームを作る。プロダクトマネージャーがいる。アーキテクトがいる。開発者がいる。テスターがいる。運用担当がいる。役割分担が存在する。なぜなら専門化には価値があるからである。
また、人間には認知的な限界が存在する。
自分で書いた文章の誤字は見落としやすい。自分で作った設計の欠陥は見つけにくい。自分の仮説の誤りには気付きにくい。
だからレビューが存在する。だから監査が存在する。だから議論が存在する。
つまり現代社会の多くの仕組みは、人間の認知的限界を補うために存在しているとも言える。
ではAIはどうだろうか。一見するとAIにはその問題がないように見える。疲れない。集中力も落ちない。感情にも左右されない。しかし実際には別の形で限界が存在していた。
例えばChain of Thoughtを考えてみよう。Chain of Thoughtは推論能力を大きく向上させた。しかし同時に興味深い問題も生み出した。推論の最初の段階で誤ると、その誤りを前提に推論が積み上がることがある。つまり思考の暴走である。
Reflexionはこの問題を部分的に改善した。しかし確認者と実行者が同じであるという問題は残った。自分で自分を評価する。自分で自分を採点する。これは一定の効果はある。しかし第三者レビューほど強力ではない。
人間がコードレビューを行う理由と同じである。
ここで研究者たちはある問いに直面する。
もし別のAIがレビューしたらどうなるのだろう。もし別のAIが反論したらどうなるのだろう。もし別のAIが別の視点から問題を見たらどうなるのだろう。
この問いは後のマルチエージェント研究の出発点となる。
Society of Mindという予言
実は、AI同士の協力という発想そのものは新しいものではない。その起源を辿ると1980年代にまで遡ることができる。
1986年、MITのMarvin Minskyは一冊の本を出版した。『The Society of Mind』である。
この本の中心的な主張は極めて大胆だった。
知能は単一の存在ではない。多数の単純なエージェントの集合体である。
当時、多くの人は知能を一つの統一された仕組みとして考えていた。しかしMinskyは違った。
記憶。注意。言語。推論。計画。感情。
これらは独立した機能であり、相互作用することで知能が生まれる。つまり知能とは社会である。
この考え方は非常に先進的だった。現在の認知科学や神経科学から見ても興味深い視点である。
そしてLLM時代になって、研究者たちは再び同じ問いに向き合うことになる。
もし人間の知能が多数のサブシステムから構成されるなら。もし社会が個人よりも大きな問題を解決できるなら。
AIもまた社会を形成できるのではないか。複数のAIが協力することで、単独のAIでは到達できない能力を獲得できるのではないか。
この発想は徐々に現実味を帯び始めていた。
なぜ会話だったのか
ここで重要な疑問が生まれる。なぜ研究者たちは会話を選んだのだろうか。
なぜ共有メモリではなかったのか。なぜAPI連携ではなかったのか。なぜワークフロー定義ではなかったのか。
答えはLLMそのものの性質にある。
大規模言語モデルは言語によって思考する。少なくとも外部から観察できる推論の大部分は自然言語として表現される。
Chain of Thought、Reflexion、Self-Consistency。いずれも自然言語を利用している。
つまりLLMにとって自然言語は単なる出力形式ではない。推論そのものの媒体なのである。
もしそうならば、複数のAIを協調させる最も自然な方法は何だろうか。
それは自然言語による対話である。
人間同士が会話によって協力するように。AI同士も会話によって協力する。
実はこの発想には大きな利点があった。特別な通信プロトコルが不要だった。複雑な内部表現を共有する必要もなかった。Agentはただメッセージを送り合えばよい。それだけで協力が成立する。
この単純さこそが後のAutoGen成功の重要な要因だった。
AutoGen前夜
2023年になると、マルチエージェント研究の機運は急速に高まっていく。
ChatGPTの成功によって、研究者たちは新しい可能性を見始めていた。
単独Agentの性能向上だけではない。複数Agentの協調である。
議論するAI。レビューするAI。専門家AI。批評家AI。計画者AI。実行者AI。
それぞれが異なる役割を持ち、互いに会話しながら問題を解決する。この考え方は極めて魅力的だった。
そして2023年。Microsoft Researchは、この流れを決定的に加速させる論文を発表する。
その名はAutoGen。正式名称は、
AutoGen: Enabling Next-Gen LLM Applications via Multi-Agent Conversation
である。
AutoGenは単なるライブラリではなかった。単なるAgentフレームワークでもなかった。
それは、「会話そのものをワークフローにする」 という新しい発想だった。
そしてこの発想は、後のAgent革命の方向性を大きく変えることになる。
AutoGenの登場
2023年、Microsoft Researchは AutoGen: Enabling Next-Gen LLM Applications via Multi-Agent Conversation を発表した。
タイトルの中に、この研究の本質が含まれている。Multi-Agent Conversation。つまり複数のAgentによる会話である。
現在では当たり前に聞こえるかもしれない。しかし当時としては非常に興味深い発想だった。
それまでのAgent研究の中心的な関心は、「AIに何をさせるか」だった。
検索させる。計算させる。コードを書かせる。反省させる。計画させる。
しかしAutoGenは違った。AutoGenが問いかけたのは、「AI同士をどう会話させるか」 だったのである。
これは視点の大きな転換だった。能力そのものではなく、能力同士の相互作用へ焦点が移ったのである。
人間社会においても、優秀な個人だけでは複雑な問題を解決できない。専門家同士の協力が必要になる。
ソフトウェア開発では、設計者と実装者が会話する。研究では、研究者と査読者が議論する。企業では、営業と開発と経営陣が調整を行う。
複雑な問題ほど、単独の知性ではなく複数の知性の協調が重要になる。AutoGenはこの構造をAIへ持ち込もうとした。
Conversable Agent
AutoGenの中核概念は非常にシンプルだった。それは Conversable Agent である。
直訳すれば「会話可能なAgent」となる。
従来のAgentフレームワークでは、Agentはタスクを実行する存在だった。しかしAutoGenでは違う。Agentは会話する存在である。
メッセージを受け取る。内容を解釈する。応答を生成する。その応答が別のAgentへ送られる。すると次のAgentが反応する。そしてさらに別のAgentが応答する。
この繰り返しによって問題解決が進む。
重要なのは、ワークフローそのものが会話として表現される点である。
従来のソフトウェアシステムでは、フローはコードとして定義される。if文。状態遷移。ルールベース。固定パイプライン。
しかしAutoGenでは、会話が状態遷移になる。会話が意思決定になる。会話がワークフローになる。
これは非常にLLMらしい発想だった。なぜならLLMの最も得意なことは、自然言語の処理だからである。
Assistant AgentとUser Proxy Agent
AutoGen論文で特に重要なのが、Assistant AgentとUser Proxy Agentである。
Assistant Agentは比較的理解しやすい。一般的なLLM Agentである。質問を受け取り、回答を生成する。計画を立てる。コードを書く。分析を行う。ここまでは従来のAgentと大きな違いはない。
面白いのはUser Proxy Agentである。
名前だけを見ると、単なるユーザーの代理人のように見える。しかし実際にはもっと重要な役割を持つ。
User Proxy Agentは、人間の代わりにAgentと対話する存在である。
例えばコード生成タスクを考えてみよう。
Assistant Agentがコードを書く。User Proxy Agentがコードを受け取る。実行する。エラーを確認する。結果をAssistant Agentへ返す。するとAssistant Agentは修正する。再度実行する。さらに改善する。
このプロセスが自動で回る。つまり人間が逐一指示しなくても、Agent同士の対話だけで改善サイクルが成立する。
これは現在のClaude CodeやDevinにも通じる考え方である。
Human-in-the-Loop
興味深いことに、AutoGenは完全自律を目指していたわけではない。むしろ人間を重要な構成要素として考えていた。
当時のAgent研究には二つの流れが存在していた。
一つは完全自律化である。できるだけ人間を排除する。Agentだけで仕事を完結させる。
もう一つはHuman-in-the-Loopである。重要な場面では人間が介入する。
AutoGenは後者を重視した。なぜなら現実の問題は複雑だからである。
AI同士だけで議論しても、誤った方向へ進む可能性がある。目標を誤解することもある。前提条件を間違えることもある。
だから人間が監督者として存在する。
これは企業組織にも似ている。社員同士が議論する。しかし最終的な意思決定は管理者が行う。完全な自律ではなく、適切な監督を伴う協調である。
AutoGenはこのバランスを重視していた。
Code Executionという革命
AutoGenのもう一つの重要な特徴は、Code Executionだった。
現在では当たり前に感じるかもしれない。しかし当時としては大きな進歩だった。
LLMは文章を書くことができる。コードも書ける。しかし書いたコードが正しいとは限らない。実際には多くのバグが含まれる。
ではどうするのか。実行すればよい。
AutoGenはこの単純な発想を取り入れた。
Agentがコードを書く。別のAgentが実行する。結果を確認する。エラーを返す。Agentが修正する。再び実行する。
このループが自動で回る。
これは従来のチャットボットとは根本的に異なる。チャットボットは回答を生成して終わりだった。しかしAutoGenでは、生成された結果が次の入力になる。
つまり会話が閉じない。継続する。循環する。改善される。
この考え方は後のAgentシステムへ大きな影響を与えた。
会話がワークフローになる
AutoGen最大の革新はここにある。会話そのものがワークフローになる。
従来のソフトウェア開発では、ワークフローは事前に定義される。手順が決まっている。状態遷移が決まっている。例外処理も決まっている。
しかし現実の知的作業はそうではない。研究を考えてみよう。
仮説を立てる。実験する。結果を見る。仮説を修正する。さらに調査する。別の仮説を立てる。
この流れは固定ではない。状況に応じて変化する。人間は会話によってそれを実現している。
AutoGenは同じことをAIで実現しようとした。
Agent同士が会話する。会話の内容が次の行動を決める。行動の結果が次の会話を生む。その結果として柔軟なワークフローが形成される。
これは従来のプログラム設計とは大きく異なる発想だった。
PlannerとExecutor
AutoGen以降、多くのマルチエージェントシステムで共通する構造が現れる。
Planner。Executor。Reviewer。Critic。Specialist。Supervisor。
役割分担である。
例えばソフトウェア開発タスクを考える。
Plannerが計画を作る。Executorが実装する。Reviewerがレビューする。Criticが問題点を指摘する。Supervisorが全体を管理する。
これは人間の組織構造と驚くほど似ている。
そして重要なのは、それぞれが異なるプロンプトを持てることである。同じモデルを使っていても、役割が異なれば振る舞いも変わる。
批評家役。設計者役。実装者役。テスター役。
これによって多様な視点が生まれる。
研究者たちはここで興味深い現象に気付き始める。必ずしもモデルを大きくしなくても、役割分担によって性能が向上することがあるのである。
これは後のマルチエージェント研究の重要な出発点となった。
AutoGenが示した可能性
AutoGenは単なるライブラリ以上の存在だった。それは新しい設計思想だった。
単独Agentを強化するのではない。複数Agentを協調させる。
より賢いAIを作るのではない。より良いチームを作る。
この発想は後のAgent研究へ大きな影響を与えることになる。
そして研究者たちは次第に、さらに大きな問いへ向かい始める。
もし二人のAIが協力できるなら。三人はどうだろう。十人ならどうだろう。専門家集団ならどうだろう。討論させたらどうだろう。社会を作ったらどうだろう。
こうしてAI研究は、単独知能から集団知能の研究へと進み始めるのである。
集団知能への第一歩
AutoGenが注目された理由は、単に複数のAgentを動かせるようになったからではない。もっと重要なのは、知能そのものに対する見方を変えたこと だった。
それまでのAI研究の多くは、より賢いモデルを作ることに集中していた。
パラメータを増やす。データを増やす。計算資源を増やす。コンテキスト長を伸ばす。推論能力を向上させる。
これは現在でも重要な方向性である。しかしAutoGenは別の可能性を示した。
個々のAgentを強化するだけではない。Agent同士の相互作用そのものが能力を生み出す可能性がある。
これは人間社会と非常によく似ている。現代文明は一人の天才によって作られたわけではない。無数の専門家たちの協力によって築かれている。
半導体を作る人。OSを書く人。ネットワークを設計する人。データセンターを運営する人。
それぞれは限定された役割しか持たない。しかし全体としては極めて高度なシステムが成立している。
もしAIも同じように協力できるなら。個々のAgentの能力を超える集団知能が実現できるのではないか。
AutoGenはその最初の実験だった。
CAMELとRole Playing
AutoGenとほぼ同時期に、別の興味深い研究も登場していた。CAMELである。
正式名称は Communicative Agents for Mind Exploration of Large Language Model Society である。
CAMELもまた、AI同士の会話に注目した研究だった。しかし焦点は少し異なる。
AutoGenが実用的なタスク実行を重視していたのに対し、CAMELは役割演技に注目した。
例えば、ソフトウェアエンジニア役。プロダクトマネージャー役。デザイナー役。教師役。生徒役。
それぞれに異なる役割を与える。するとAgentは、その役割に沿って行動し始める。
興味深いのは、単なるプロンプト変更だけで振る舞いが大きく変化する点だった。同じモデルであっても、立場が変われば思考過程も変わる。視点も変わる。問題へのアプローチも変わる。
これは後のMulti-Agent DebateやRole Playing Agent研究へつながっていく。
そして重要なことに、AutoGenとCAMELは競合というより補完関係にあった。
AutoGenは会話フレームワークを提供した。CAMELは役割分担の可能性を示した。
現在のマルチエージェントシステムの多くは、この二つの流れを受け継いでいる。
AutoGenが与えた影響
AutoGenの影響は予想以上に大きかった。その後に登場した多くのAgentフレームワークは、何らかの形でAutoGenの思想を継承している。
CrewAIはその代表例である。CrewAIはAgentを「チーム」として表現した。
Researcher。Writer。Editor。Reviewer。
それぞれが役割を持ち、協力しながらタスクを進める。これはAutoGenの考え方をさらに人間組織に近づけたものだった。
LangGraphも重要である。LangGraphはAgent同士の対話をグラフ構造として管理した。状態遷移。分岐。ループ。再試行。これらをより厳密に制御できるようになった。
AutoGenが示した柔軟性と、従来ソフトウェアの制御性を融合しようとしたのである。
OpenAI Agentsも同様である。単独Agentではなく、複数のツールやサブAgentを統合する考え方が採用されている。
設計は異なる。実装も異なる。しかし発想の根底には、「知能を分割し、協調させる」という考え方が存在している。
DevinとClaude Code
2024年以降になると、マルチエージェントという言葉は以前ほど表に出なくなる。しかし実際には、その思想はさらに広がっていた。
代表例がDevinである。Devinは「AIソフトウェアエンジニア」として話題になった。
ユーザーから指示を受ける。コードを書く。テストする。エラーを修正する。ドキュメントを読む。ブラウザを操作する。
一見すると単独Agentに見える。しかし内部的には複数の役割が存在している。計画。実行。観察。評価。修正。これらが分離されている。
Claude Codeも同様である。ユーザーから見ると一人のAIに見える。しかし実際には、複数のプロセスや役割が協調している。
つまり現在のAgentシステムは、見た目こそ単一のAIであっても、内部ではマルチエージェント的な構造を持つことが増えている。
AutoGenが提示した考え方は、表面的な実装を超えて浸透していったのである。
Manusと現代Agent
2025年から2026年にかけて、Manusのような新世代Agentが注目を集めた。
これらのシステムは、もはや単なるチャットボットではない。
検索する。計画する。実行する。検証する。修正する。必要に応じて別のAgentへタスクを委譲する。そしてユーザーへ結果を返す。
これはAutoGenが描いた未来に非常に近い。
もちろん技術的には大きく進歩している。コンテキスト管理も進化した。ツール利用も進化した。モデル性能も向上した。
しかし根本的な発想は変わっていない。複雑な問題を解くために、複数の役割を協調させる。
AutoGenはその出発点の一つだった。
しかし問題も見えてきた
もちろんマルチエージェントは万能ではない。むしろ新しい問題も生み出した。
最も分かりやすいのはコストである。Agentが増える。会話が増える。トークン消費が増える。計算量も増える。
例えば一人のAgentで解ける問題に、十人のAgentを投入したらどうなるだろうか。性能が十倍になるわけではない。むしろ無駄な議論が増える可能性がある。
これは人間社会と同じである。会議の参加者を増やせば、必ず良い意思決定ができるわけではない。場合によっては逆効果になる。
さらにCommunication Overheadという問題もある。Agent同士が情報を共有するためには会話が必要になる。しかし会話そのものにもコストがかかる。人数が増えるほど調整コストも増える。
組織論で知られる問題が、そのままAIにも現れ始めたのである。
さらに興味深いのは、集団であっても間違えるという点だった。
全員が同じ前提を共有している場合、集団全体が誤った方向へ進むことがある。これは人間社会でいうGroupthinkに近い。
複数Agentだから安全とは限らない。複数Agentだから正しいとも限らない。
研究者たちはここで新たな課題に直面することになる。
単独知能から集団知能へ
それでもAutoGenの意義は大きい。
AutoGenはAIに新しい能力を与えたわけではない。記憶を発明したわけでもない。推論を発明したわけでもない。反省を発明したわけでもない。
しかしAI研究の視点を変えた。
これまでは、より賢い個体を作ろうとしていた。しかしAutoGen以降は、より良い集団を作ろうとする研究が始まった。
これは非常に重要な変化だった。なぜなら人間社会の歴史を見れば、文明を前進させたのは個人だけではないからである。
組織。共同体。研究コミュニティ。企業。国家。
知識は常に集団の中で発展してきた。そしてAIもまた、同じ方向へ進み始めたのである。
おわりに
AutoGenは一見すると地味な研究に見える。
派手なベンチマーク更新があったわけではない。新しいモデルを発明したわけでもない。
しかしその影響は極めて大きかった。
AutoGenはAI同士の会話を中心に据えた。会話を通信手段ではなく、問題解決の仕組みとして扱った。
そしてその結果、マルチエージェントという新しい研究分野が急速に発展していくことになる。
今日のCrewAI。LangGraph。Claude Code。Devin。Manus。
これらの多くは、直接的あるいは間接的にAutoGenの影響を受けている。
AIが会話を始めた瞬間。それは単なる機能追加ではなかった。単独知能から集団知能への転換点だったのである。
次回予告
AutoGenはAI同士の会話を可能にした。しかし研究者たちはすぐに新しい問題へ直面する。
全員が同じAIならば、本当にチームを作る意味があるのだろうか。
人間社会では、マネージャー、研究者、エンジニア、デザイナー、それぞれが異なる役割を持っている。
ではAIにも役職を与えたらどうなるのだろうか。同じモデルであっても、立場が変われば考え方は変わるのだろうか。
次回は 「なぜAIは役職を持ち始めたのか?」 をテーマに、CAMELとRole Playing Agentの登場を通して、AI社会における役割分担の始まりを追っていく。
参考文献
Wu, Q., Bansal, G., Zhang, J., Wu, Y., Li, B., Zhu, E., Jiang, L., Zhang, X., Wang, C., & others. (2023). AutoGen: Enabling Next-Gen LLM Applications via Multi-Agent Conversation. arXiv:2308.08155
Li, G., Hammoud, H., Itani, H., Khizbullin, D., & Ghanem, B. (2024). CAMEL: Communicative Agents for Mind Exploration of Large Language Model Society. arXiv:2303.17760
Minsky, M. (1986). The Society of Mind. Simon & Schuster.
Yao, S., Zhao, J., Yu, D., Du, N., Shafran, I., Narasimhan, K., & Cao, Y. (2023). ReAct: Synergizing Reasoning and Acting in Language Models. arXiv:2210.03629
Shinn, N., Labash, B., & Gopinath, A. (2023). Reflexion: Language Agents with Verbal Reinforcement Learning. arXiv:2303.11366
Wang, G., Xie, S., Yu, Z., Wang, J., & others. (2023). Voyager: An Open-Ended Embodied Agent with Large Language Models. arXiv:2305.16291
Nakajima, Y. (2023). BabyAGI. GitHub